「6年間大学に通った割に、給与がそれほど高くないのではないか」
病院薬剤師として働いていた頃、私自身がずっと感じていた違和感です。夜勤明けの帰り道、ふと「この働き方と責任で、この給料なのか」と考えてしまう。同じように感じたことのある薬剤師は、少なくないと思います。
では実際のところ、日本の薬剤師給与は世界と比べて低いのでしょうか。今回、欧米とアジアの主要9カ国・地域のデータを集めて比較してみました。
先に結論を書いてしまいます。
- 円換算では、米国・カナダ・豪州・ドイツの2分の1〜4分の1の水準(台湾・タイよりは高い)
- 国内平均と比べた「資格プレミアム」は約1.0〜1.25倍。米国の約1.9倍、タイの約2.5倍超と比べ、世界的に見ても低い部類
- 30代後半で全年齢平均に到達するほど、賃金の伸びの頭打ちが早い
- その結果、6年間で1,000万円を超える学費を投じる「投資としての価値」は、正直薄れつつある——これがこの記事の結論です
順番に見ていきます。

比較する前に:この記事の数字の読み方
国際的な給与比較では、完全に同じ条件の統計をそろえることはできません。前提を揃えるため、日本も海外と同じ「全年齢・中央値」に寄せます。日本の公的統計は平均値が中心ですが、賃金構造基本統計調査の所定内給与(中位数)から推計された年収中央値・約547万円があるため、世界比較にはこちらを使います。税金・生活費・労働時間・学費・勤務先の違いもあります。
なので、この記事の円換算額は生活水準の比較ではなく、税引き前の名目給与を比べるための目安として読んでください。為替は2026年7月14日前後のレートを使っています(円安の影響で海外給与は大きく見えやすい点に注意)。
日本の薬剤師年収:全年齢平均で約599万円
厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査では、日本の薬剤師の年収は全年齢で平均約599万円、中央値では約547万円(男性約584万円・女性約511万円/所定内給与の中位数からの推計)です。平均より中央値が50万円ほど低い=平均額より稼いでいない人の方が多い、ということです。
年齢別に見ると30〜34歳で約533万円、35〜39歳で約598万円。つまり30代後半で早くも全年齢平均に到達してしまう=そこから先の伸びが小さい、という日本特有の構造も見えます。
勤務先による傾向はざっくりこうです。
- 病院薬剤師:比較的低い傾向(私もここでした)
- 調剤薬局:平均的
- ドラッグストア:比較的高い傾向
- 管理薬剤師・薬局長:役職手当で上昇
- 製薬企業など:職種によって薬局・病院より高い
本記事では、海外の統計(中央値中心)と条件を揃えて、世界比較には中央値の約547万円を使います。国内の平均給与と比べる「資格プレミアム」の計算では、比較先のOECD統計が平均値のため、平均の約599万円を使います。
世界9カ国との比較表
| 国・地域 | 現地通貨での給与水準 | 円換算の目安 | 日本との単純比較 | データの性質 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | 中央値で約547万円(推計) | 約547万円 | 1.0倍 | 全年齢の公的統計(中央値・推計) |
| 米国 | 年13万7,480米ドル | 約2,230万円 | 約4.1倍 | 全年齢の中央値 |
| カナダ | 時給55.49加ドル | 年約1,327万円 | 約2.4倍 | 全年齢の中央値 |
| 英国 | 年4万〜6万5,000ポンド | 約868万〜1,411万円 | 約1.6〜2.6倍 | 初任者〜経験者 |
| 豪州 | 週1,956豪ドル | 年約1,145万円 | 約2.1倍 | 全年齢の中央値 |
| ドイツ | 月5,259ユーロ | 年約1,168万円 | 約2.1倍 | 全年齢の中央値 |
| 台湾 | 月5万5,000台湾ドル | 年約333万円 | 約0.6倍 | 勤務薬剤師の中央値 |
| 韓国 | 年約6,706万ウォン | 約727万円 | 約1.3倍 | 民間給与推計 |
| タイ | 月4万〜4万5,000バーツ | 年約232万〜261万円 | 約0.4〜0.5倍 | 求人市場平均 |
| シンガポール | 月4,500〜5,300SGドル | 年約678万〜798万円 | 約1.2〜1.5倍 | 求人市場平均 |
※日本も海外に合わせて全年齢・中央値(所定内給与の中位数からの年収推計)で統一しています。海外は中央値または求人給与が中心です。
HARUTOアメリカ4倍!?もう海外で働けば解決じゃん!



まあ落ち着いて。この数字にはカラクリがあるんだ。後半の表まで見てから決めようか
欧米:やはり高い。ただし条件も違う
米国:日本の約4倍
米国労働統計局によると薬剤師の年収中央値は13万7,480米ドル、円換算で約2,230万円。日本の約4倍です。ただし米国は薬学教育の学費が非常に高く、学生ローン・医療保険・住宅費の負担も大きいため、生活の余裕がそのまま4倍になるわけではありません。それでも、為替の影響を差し引いても差は歴然です。
カナダ:年収1,300万円前後
時給中央値55.49加ドル。週40時間・52週で単純計算すると年約11万5,000加ドル、円換算で約1,327万円です。
英国:初任者でも日本を上回る可能性
初任者約4万ポンド〜経験者約6万5,000ポンド(約868万〜1,411万円)です。
英国の医療の中心にあるのがNHS(National Health Service:国民保健サービス)。税金で運営される公的医療制度で、国民は原則無料で医療を受けられます。英国の薬剤師の多くはこのNHSの体系下で働いており、給与は「バンド」と呼ばれる職位・経験に応じた等級制で段階的に上がっていく構造です。日本のような勤務先ごとの給与差より、制度上のキャリアラダーがはっきりしているのが特徴です。
豪州:中央値で年収1,100万円超
週給中央値1,956豪ドル、年換算約1,145万円。ただしシドニーなどの住宅費は非常に高く、可処分所得での比較が必要です。
ドイツ:年収1,100万円前後
月収中央値5,259ユーロ、年換算約1,168万円。日本の約2.1倍です。
なぜ米国の薬剤師はこんなに高いのか:任されている仕事が違う
「米国は物価が高いから」だけでは、平均給与の約1.9倍という資格プレミアムは説明できません。背景にあるのは、薬剤師に任されている業務範囲と、社会からの信頼の違いです。
米国の薬剤師は、6〜8年かけてPharm.D.(薬学博士)を取得する高度専門職です。そして業務も日本より広い。薬局で薬剤師がインフルエンザなどの予防接種を打つのは当たり前の光景ですし、州によってはプロトコルに基づく処方や、慢性疾患の服薬管理まで担います。「調剤して渡す人」ではなく「治療に関わる医療者」として制度上も位置づけられており、世論調査でも薬剤師は毎年「最も信頼される職業」の上位常連です。
実は私は大学時代、カリフォルニアにある大学の薬学部を訪ねて、現地の話を聞く機会がありました。印象的だったのは、薬剤師が医師と対等に近い立場で治療方針に関わっていること。「日本の薬剤師とは、そもそも任されている範囲が違う」と痛感した記憶があります。
カナダでも薬局を見学したことがあります。そこで聞いたのは、薬剤師が店頭で予防接種を担っているという話。州によっては軽い症状への処方権も持っていると聞いて、日本では予防接種は医師にしかできないことを思うと、正直かなりの衝撃でした。
つまり欧米との給与差は、「同じ仕事への値付けの差」だけではなく、「任されている仕事の範囲の差」でもあります。権限が広いほど代替が利かず、代替が利かない専門職ほど給与は上がる——このあと見る「資格プレミアム」の話は、この業務範囲の違いと地続きです。
アジア:円換算額と「現地での評価」は別物
台湾:日本より低いが、現地では堅実な専門職
月収中央値5万5,000台湾ドル(年約333万円)で日本より低いものの、台湾全体の月収中央値(約3万8,406台湾ドル)の約1.4倍。現地では一定の専門職プレミアムがあります。夜勤ありの病院求人では年94万台湾ドル以上の例も。
韓国:勤務形態による格差が大きい
平均年収は約6,706万ウォン(約727万円)と日本より高く見えますが、内訳に注意が必要です。研究データでは病院薬剤師約5,100万ウォン、勤務薬剤師約5,800万ウォン、薬局経営者約1億1,000万ウォン。経営者が平均を押し上げており、勤務薬剤師同士で比べると日本との差は大きくありません。
タイ:絶対額は日本の半分以下、でも国内では2.5倍以上の高給職
月4万〜4万5,000バーツ(年約232万〜261万円)。ただしタイの平均月収は約1万5,000バーツ台なので、薬剤師は国内平均の約2.5〜2.9倍。円換算では見えない「現地での職業価値」の高さがあります。
給与の絶対額が高いことと、その国で高く評価されている職業であることは、必ずしも同じではありません。
シンガポール:日本より高いが、国内では平均以下の場合も
月4,500〜5,300SGドル(年約678万〜798万円)。ただしシンガポールのフルタイム月収中央値は5,775SGドル(CPF込み)で、一般薬剤師の給与は条件を揃えると全国平均の約0.8〜1.0倍程度。Senior/Principalと職位が上がると平均を明確に超える構造です。


視点を変える:各国の「平均給与」と比べると?
ここからがこの記事の本題です。円換算額ではなく、その国の平均的な労働者と比べて薬剤師がどれだけ多く稼いでいるか(=資格プレミアム)を見てみます。
平均給与は原則OECDの2025年推計(フルタイム労働者の平均年間総賃金)、薬剤師給与は前述の各データを使った概算です。
| 国・地域 | 薬剤師の給与水準 | その国の平均給与 | 平均給与に対する倍率 | 評価 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | 全年齢平均:約599万円 | OECD基準:約570万円 | 約1.05倍 | 平均よりやや高い |
| 米国 | 13万7,480ドル | 7万3,520ドル | 約1.87倍 | 明確な高給専門職 |
| カナダ | 約11万5,400加ドル | 9万2,401加ドル | 約1.25倍 | 平均より高い |
| 英国 | 4万〜6万5,000ポンド | 5万5,983ポンド | 約0.71〜1.16倍 | 経験で平均を上回る |
| 豪州 | 約10万1,700豪ドル | 10万8,674豪ドル | 約0.94倍 | 平均とほぼ同じ |
| ドイツ | 約6万3,100ユーロ | 6万6,700ユーロ | 約0.95倍 | 平均とほぼ同じ |
| 台湾 | 約66万台湾ドル | 約58万9,000台湾ドル | 約1.12倍 | やや高い |
| 韓国(勤務薬剤師) | 約5,800万ウォン | 約5,675万ウォン | 約1.02倍 | 平均とほぼ同じ |
| タイ | 約48万〜54万バーツ | 約18万9,000バーツ | 約2.54〜2.86倍 | 国内ではかなり高給 |
| シンガポール | 約5万1,600〜6万3,600SGドル | 約7万7,100SGドル | 約0.8〜1.0倍(条件調整後) | 平均前後 |
※比較統計の性質が国ごとに異なるため、順位ではなく「プレミアムの傾向を掴むための概算」です。
この表から見えてくることが2つあります。
① 円換算で高給な国が、国内で高評価とは限らない。豪州やドイツは円換算では日本の2倍以上ですが、国内平均との比較では約0.9〜1.0倍で、「その国では普通の給与水準」です。円換算だけで海外を羨むのは危険だとわかります。
② 米国とタイは「資格が明確に評価されている」国。米国は平均の約1.9倍、タイに至っては約2.5〜2.9倍。絶対額は対極ですが、どちらも「薬剤師資格を取る価値が経済的に大きい国」です。
そして日本。国税庁の民間給与所得者平均(478万円)と比べれば約1.25倍、OECD基準のフルタイム平均と比べても約1.05倍。一般の労働者より高いのは確かですが、6年間の教育と国家資格を要する職業としてのプレミアムは、米国の約1.9倍と比べるとかなり限定的です。



あれ…円換算だと羨ましかったのに、なんだか違って見えてきた



それが大事な気づきだよ。金額じゃなくて「資格がどれだけ報われるか」の問題なんだ
円安だけが原因なのか
2026年7月時点の円安は、確かに海外給与を大きく見せています。ただ、仮に1ドル120円まで円高が戻っても、米国薬剤師の年収中央値は約1,650万円。それでも日本の中央値の約3倍です。米国との差を為替だけで説明することはできません。
じゃあ海外で働けば解決するのか
私自身、留学を経て働き方を変えた身なのであえて書きますが、「海外の薬剤師給与が高い→海外で薬剤師をやればいい」と単純にはいきません。多くの国で現地免許・語学試験・学歴審査・実務研修が必要ですし、高い給与の裏には高い家賃・保険料・学費・ビザ問題・現地語での患者対応があります。
検討するなら、額面ではなく「手取り・生活費・免許取得コスト」まで含めた計算が必須です。一方で、薬剤師の経験を活かして職種や業界を変えるという選択肢は、免許の壁がないぶん現実的です(私はこちらを選びました)。
日本の薬剤師給与の「本当の問題」
整理すると、日本の薬剤師は低所得職ではありません。台湾やタイより名目給与は高く、国内の給与所得者平均も上回っています。「世界でも極端な低賃金職」という表現は正確ではないです。
ただし、こういう現実があります。
- 6年間の大学教育と(私立なら特に)高額な学費が必要
- 国家資格と、医療安全に対する重い責任がある
- それでいて、一般労働者との給与差が小さい(プレミアム約1.0〜1.25倍)
- 30代後半で全年齢平均額に到達するほど賃金カーブの頭打ちが早く、管理職でも年収1,000万円に届きにくい
ここに学費の現実を重ねると、問題はさらにはっきりします。私立薬学部の6年間の学費は、おおむね1,200万円前後。仮に薬剤師のプレミアム(一般平均との年収差)を年100万円前後と見積もっても、学費を回収するだけで10年以上かかる計算です。米国のように平均の約2倍の給与が待っているなら「投資」として成立しますが、日本の現状は「資格を取れば安泰」と言い切れる数字ではなくなっています。
つまり日本の薬剤師は、給与そのものが低いのではなく、資格取得に投じた時間・費用・責任に対する経済的リターンが世界的に見ても小さい職業なのだと思います。この差こそが「6年通った割に…」というモヤモヤの正体ではないでしょうか。
まとめ:数字を知ることが、キャリアを考える出発点になる
日本の薬剤師の年収は、全年齢平均で約599万円、中央値では約547万円(推計)。世界と比べるときは、①円換算額、②現地平均に対する倍率、③手取りと生活費、④資格取得コスト、⑤その後の伸び、をセットで見る必要があります。
私自身は、この「伸びの天井」への違和感が、働き方を見直すきっかけのひとつになりました。資格の中だけで昇給を待つのか、資格と経験を土台に働き方や職種を変えるのか——数字を知ると、選択肢は思っているより多いことに気づきます。同じモヤモヤを抱えている方の判断材料になれば嬉しいです。薬剤師のキャリアの選択肢については、今後このブログで詳しく書いていく予定です。
参考データ
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」/国税庁「民間給与実態統計調査」/米国労働統計局/カナダ政府Job Bank/英国National Careers Service/豪州Jobs and Skills Australia/ドイツ連邦雇用庁Entgeltatlas/台湾Workforce Development Agency/韓国薬剤師の就業形態別所得に関する研究/JobsDB(タイ)/JobStreet(シンガポール)/OECD Average Worker推計
※本記事の数値は2026年7月時点の公開データと為替レートに基づく概算です。統計の集計条件が国ごとに異なるため、厳密な比較ではありません。キャリアや転職のご判断は、最新の情報と個々の状況に基づいて行ってください。

